仙台高等裁判所 昭和34年(う)443号
〔抄録〕
検察官は最高裁判決の趣旨は、いわゆる二つの連絡謀議についてのみ事実誤認の疑ありと判断し、そのことが他の実行行為等の認定に何らかの影響を及ぼす可能性があるとしたに過ぎないものと解するから、拘束力が及ぶのは二つの連絡謀議についてだけであると共に、審判の範囲は原則として控訴理由によるもので、本件控訴理由は事件全般に亘るものであるから二つの連絡謀議以外の部分をも審理し得る旨主張する。
これに対し、弁護人は、最高裁判決の趣旨は、本件事案の全般的構造上、二つの連絡謀議が認められなければ、必然的に、他の実行行為等全体が認められなくなると判断し、二つの連絡謀議を通して事件全体の事実誤認の疑を認めたものと解するから、その拘束力により、二つの連絡謀議が立証されない限り、他の実行行為等の審理は許されない旨主張する。
そこで、当裁判所は、この際、審理を進めて行く必要上、現段階において必要な限度において、右の点につき判断を示さざるを得ない。
最高裁は、差戻し前の第二審判決は、本件を国鉄側のみの謀議、国鉄側と東芝側との二つの連絡謀議、東芝側のみの謀議、実行行為(バール、スパナの持出し、線路の破壊作業)およびアリバイ工作から成る計画的犯行であつて、謀議は本件の発端をなすものであり、右実行行為、アリバイ工作はすべて右各謀議に基いて敢行されたものであると認定しているとし、就中、右二つの連絡謀議は「国鉄側のみの謀議と東芝側のみの謀議とを結びつける枢軸」であり、しかも「右国鉄側のみの謀議、東芝側のみの謀議すら、互に相手方の参加と協力とを予定または前提とするが如き内容のものであつた」とされているのであるから、「この連絡謀議の存否は自然その余の謀議、ひいては本件事案の全般的な構造にまで影響を及ぼす程重要なものとみざるを得ない」との立場において、二つの連絡謀議を、最高裁で取り調べたいわゆる諏訪メモを加えて、検討した結果、右連絡謀議の二つともその存在に疑があるとの判断に到達した。そこで、右連絡謀議の「二つとも、その存在に疑があるとすれば、国鉄側と東芝側との連絡は断ち切られることにならざるを得ない」、しかも本件実行行為、アリバイ工作は、「右連絡謀議なくしては到底考えられないところのものである。」従つて「若しこれら二つの連絡謀議の存在に疑があるとすれば、それは自然他の謀議、ひいては実行行為、アリバイ工作、結局本件事実全体の認定にまで影響を及ぼすものと考えざるを得ない」から、「原判決中被告人らに関する部分は、結局、すべて、判決に影響があつてこれを破棄しなければ著しく正義に反する重大な事実誤認を疑うに足りる顕著な理由があるものといわなければならない」と判示結論して、本件を全面的に破棄差し戻したのである。
右最高裁判決の判示は、これを形式的にみれば、弁護人所論のように、連絡謀議を本件事案の全般的構造の中にとらえ、その連絡謀議の証拠のみを検討の上、連絡謀議の存在が疑わしいから、事案の全般的構造上論理必然的にその余の謀議、実行行為、アリバイ工作、結局本件事実全体の認定が疑わしくなるので、本件を全面的に破棄するという趣旨であるかのようにみえる。
しかし、右連絡謀議がいかに「国鉄側のみの謀議と東芝側のみの謀議とを結びつける枢軸であり、」「本件事案の全般的な構造にまで影響を及ぼす程重要なもの」であつても、その余の謀議、実行行為、アリバイ工作それ自体の証拠をなんら検討することとなしに、右連絡謀議の存在が疑わしければ、本件事案の全般的構造上論理必然的に、その余の謀議、実行行為、アリバイ工作が疑わしくなると結論づけることは不合理であり、最高裁判決がかような不合理を是認したものとは到底考えられない。蓋し、実行行為の点をとらえてみても、証拠による事実認定である以上、実行行為は確証があつて明白であるが、謀議関係は証拠不十分で疑わしいということは当然あり得ることで、経験則上も屡々あることであり、その場合、いかに犯罪事実の全般的構造上謀議と実行行為が密接不可分の関係にあつても、そのことから論理必然的に、謀議関係が疑わしいから右疑う余地のない明白な実行行為も疑わしくなるというのは背理であるからであり、また本件のように、共謀共同正犯と実行共同正犯を含んでいるとされている犯罪事実の場合、その犯罪事実の全般的構造がいかに謀議と実行行為とを不可分一体にする関係にあつても、共謀共同正犯については別格、実行正犯に関する限り、謀議が認められなくても、実行行為にして確証される以上、実行行為が犯罪として成立するものであることは確立された法理であつて、実行行為が確証されて間違いない場合でも、共謀関係が不明だからということで実行行為者が罪責を免がれるが如き法理は存在しないからである。
飜つて、破棄された第二審判決をみると、同判決は国鉄側のみの謀議、東芝側のみの謀議、実行行為、アリバイ工作を認定するにあたり、連絡謀議の事実を一つの状況証拠とし、これと他の証拠とを綜合してこれらの事実を認定している。連絡謀議の事実が一つの状況証拠となつていることは、同判決がその証拠説明において、国鉄側のみの謀議、東芝側のみの謀議については、全謀議事実(判示第三(一)乃至(五))を、国鉄側のみの謀議事実(甲)、二つの連絡謀議事実(乙、丙)、東芝側のみの謀議事実(丁)、(戌)等に区分し、右各事実(甲、乙、丙、丁、戌)につき、それぞれ証拠(41乃至70)を挙げ、実行行為、アリバイ工作については、右事実(判示第四、第五事実)を、バール、スパナ紛失の事実(甲)、継目板、及びナツトの取外された数、個所状況、バール、スパナによる取外しが不可能でなかつた事実(乙)、列車顛覆破壊の状況及び致死の原因(丙)、列車の脱線、顛覆、破壊が継目板、犬釘等の取外しに因つて生じた事実(丁)、その余の事実(戌)に区分し、右各事実(甲、乙、丙、丁、戌)につき、それぞれ証拠(71乃至108)を挙げ、就中その余の事実(戌)の証拠として、全謀議事実(判示第三(一)乃至(五)の謀議事実)をも挙げた上、証拠説明の末尾に「以上の各証拠(前記41乃至108を指すものと解される)及びこれによつて認め得る事実(前記各甲、乙、丙、丁、戌の事実を指すものと解される)を綜合すれば各判示事実(前記判示第三(一)乃至(五)、判示第四、第五事実を指すものと解される)はすべてこれを認めることができる」と記載していることに徴し明らかである。しかるところ、最高裁判決は前記の如く二つの連絡謀議の証拠を検討の上、右連絡謀議の存在が疑わしいとの判断に到達した。この場合、右その他の謀議、実行行為、アリバイ工作の一つの状況証拠となつている連絡謀議の事実がいかに「本件事案の全般的な構造にまで影響を及ぼす程度重要なもの」であつても、この連絡謀議の事実という一つの状況証拠に対する疑から、直ちに、他の謀議、実行行為、アリバイ工作の存在が疑わしくなるとし、右状況証拠以外の証拠を具体的に検討することなく、そのまま、これらに関与したとされる被告人らに関する部分をも、重大な事実誤認を疑うに足りる顕著な事由があるから破棄すると結論づけられるものではない。蓋し、連絡謀議の事実という一つの状況証拠以外の右第二審までに取り調べられた証拠についても、これを具体的に検討してみない限り、他の謀議、実行行為、アリバイ工作を確証するに足りる証拠がないとはいえないからである。なお、この場合は、違法な証拠を綜合して認定した場合とは異り、最高裁が右第二審判決の認定の当否を審査することは、新たな認定をすることになるから直接審理しなければその当否を判断できない、というものではない。
仮に、右第二審判決で前記のように連絡謀議の事実を一つの状況証拠として他の証拠と綜合認定しているものとはみられないとしても、最高裁判決が「二つの連絡謀議の存在に疑があるとすれば、それは自然他の謀議、ひいては実行行為、アリバイ工作、結局本件事実全体の認定にまで影響を及ぼすものと考えざるを得ない」と判示しているのは、これを実質的にみて合理的に解釈すると、最高裁判決は連絡謀議の事実を他の謀議、実行行為、アリバイ工作を認定するについての重要な状況証拠であると判断している趣旨に解される。だから、最高裁判決が前記の如く連絡謀議の存在が疑わしいと判断した場合、他の謀議、実行行為、アリバイ工作につき右二審判決の挙げている証拠の証拠価値を減殺する連絡謀議不存在の疑という重要な反対状況証拠があらわれたことになるわけである。この場合、最高裁判決が右重要な反対状況証拠のために右第二審判決の他の謀議、実行行為、アリバイ工作の認定が疑わしくなるかどうかを判断するにあたつても、前同様のことがいえる。
それ故、いずれにしても、最高裁判決が実質上右連絡謀議の事実という状況証拠以外の前記証拠についても具体的にこれを検討することなしに、他の謀議、実行行為、アリバイ工作に関与したとされる被告人らをも含めて、著しく正義に反する重大な事実誤認を疑うに足りる顕著な事由があるとして、全面的に破棄したものとは到底考えられない。
従つて、最高裁判決の判示を合理的に解釈すれば、これを実質的にみて、最高裁判決は重点的に連絡謀議についてだけしか明示はしていないけれども、連絡謀議の証拠のほかに、実質上は前記のようにその他の謀議、実行行為、アリバイ工作の点までの最高裁の判決時までに取調べられた全証拠についても具体的にこれを検討した上結局事実全体にわたる証拠の綜合判断の上に立つて事後審査し、連絡謀議の事実という状況証拠以外の証拠のみでは他の謀議、実行行為、アリバイ工作の各事実もこれを認定するに十分でないと判断した結果、右重要な連絡謀議の事実という状況証拠が疑わしい乃至は連絡謀議不存在の疑という重要な反対状況証拠があらわれたとなると、当然他の謀議、実行行為、アリバイ工作の各点も顕著な事実誤認の疑があることになるとの判断に到達し、この趣旨において前記の判示をしたものと解せざるを得ない。
以上の次第で、最高裁判決は、連絡謀議の証拠ばかりでなく、実質上は、その他の謀議、実行行為、アリバイ工作にいたるまでの前記全証拠を具体的に検討の上、本件事実全体について、事実誤認の疑を結論したものと解すべきである。
従つて、この最高裁の破棄差戻し判決の拘束力により、連絡謀議はもとより、他の謀議も実行行為、すなわちバール、スパナの持出しも、線路破壊作業も、またアリバイ工作も、最高裁判決が判断した事実誤認の疑をその証拠だけで乃至はそれと従前の証拠とを綜合して解消するに足りるような新たな証拠の出ない限り、最高裁判決時までにあらわれて取り調べられた証拠のみで差戻し前の第二審判決が認定した事実と同一の事実を認定することは許されないわであり、検察官の主張するような最高裁判決が事実誤認の疑があると判断したのは二つの連絡謀議についてのみで、その部分についてしか拘束力が及ばないというものではなく、また最高裁判決の趣旨に鑑み審理の中心を二つの連絡謀議の点におくは格別、弁護人の主張するような連絡謀議が立証されない以上他の実行行為等の審理に進むことが許されないという制約は全く存しないのである。